著:薬剤師 岡田憲人
監修:獣医師 佐々木将雄(佐々木動物病院 院長)
犬のマラセチア性皮膚炎は、マラセチア菌という酵母菌(真菌)が引き起こす病気です。
人にもみられる皮膚病ですが、犬には比較的多く発生します。
脂漏性皮膚炎の原因の1つでもあります。
痒みをともなうことが多く、犬本人のストレスになってしまいます。
ベタベタしたり、アルコール発酵による甘酸っぱい臭いを伴うことが特徴です。
根気よく治療することで完治を目指せますが、どうしても再発しやすく、慢性化してしまうことが少なくありません。
マラセチア性皮膚炎の症状
マラセチア性皮膚炎では、次のような症状がよく見られます。
- 皮膚が炎症を起こして赤くなる
- 皮膚が痒くなる
- 毛並みが悪くなる、抜ける
- 皮膚がベタつく
- 独特の甘酸っぱい臭い
- 耳の場合は、黒くベタつく耳垢
上記のような症状が複数見られるとき、とくに甘酸っぱい臭いがするときはマラセチア性皮膚炎が疑われますので獣医師に診てもらいましょう。
自宅でのセルフケアも大切なのでぜひ取り組んでほしいのですが、専門家による適切な診断・治療を受けておくことは完治への近道です。
なお完治というのは、完全にマラセチア菌を消し去ることではありません。
上記のような症状が無くなることが完治であり、治療の目指すところになります。
マラセチア菌は健康な犬の皮膚にも存在する菌ですから、根絶する必要はないのです。
犬のマラセチア性皮膚炎の原因
マラセチア性皮膚炎は、増えすぎたマラセチア菌によって皮膚の正常さが失われてしまう皮膚病です。
すなわち直接的な原因はマラセチア菌であり、この視点からマラセチア菌を叩くための抗真菌薬が有効です。
しかしながらマラセチア菌は皮膚常在菌と呼ばれ、健康な犬の皮膚にも存在していて普段は悪さをしない菌として知られています。
本来は無害なはずのマラセチア菌が、何らかの理由で異常に増殖したときに皮膚炎を起こすのです。
つまりマラセチア菌が病原菌ではあるものの、根本的な原因はマラセチア菌が増えやすい環境にあります。
この考えをベースにして治療にのぞまないと、マラセチア菌を駆除すれば治るという固定観念から、抗真菌薬ばかりに頼ることになります。
これではなかなか上手く改善できなかったり、再発を繰り返すことになりがちです。
なお抗真菌薬としてよく使われるイトラコナゾールは肝臓が悪い犬には注意して使う薬です。
負担の大きい治療が長引かないようにすることは、健康全体から見ても大事なことだと言えるでしょう。
根本的な原因、対策
マラセチア菌は直接的な原因ではありますが、根本的な理由はマラセチア菌が増殖しやすい環境にあります。
いくつかの原因を挙げてみますが、実際には1つだけの原因ではなく複数の原因が重なっているケースが多くみられますから、対策も複数同時にあわせていくことが大切です。
皮膚のバリア機能(防御力)が低下している
皮膚のバリア機能とは、角質層が水分を蓄えて皮膚の潤いを保ったり、肌のpHを安定させて皮膚常在菌をコントロールしたりして、皮膚のすこやかさを守る働きのことです。
このバリア機能の低下こそが、マラセチア性皮膚炎になるリスクを高めており、ほとんどすべての症例に共通している原因だと言えるでしょう。
皮膚はターンオーバーと言って、細胞が生まれ変わり、新しい角質層に入れ替わっています。
このサイクルに乱れが生じると、皮膚のバリア機能が崩れてきます。
とくにアレルギー性皮膚炎をもっている犬の皮膚では、正常なターンオーバーが失われやすくなっています。
実際の症例でも、アレルギー性皮膚炎にマラセチア性皮膚炎が併発しているケースはよく見られます。
過度なシャンプーで皮膚の脂分を落としてしまっていることも、皮膚のバリア機能を低下させる原因になりえます。
皮膚の表面には皮脂膜と呼ばれる脂の膜があり、皮膚表面から水分が蒸発して逃げてしまうのを防ぐという大切な役割を持っています。
この皮脂膜を洗い落としすぎてしまうと、皮膚は乾燥して外部の刺激に敏感になりますので、アレルギー性皮膚炎を悪化させやすいのです。
皮膚の脂はマラセチア菌のエサになるのですが、だからといって皮脂を取り除きすぎることには上記のようなリスクがあります。
そういったうえで、マラセチア性皮膚炎の対策として、アレルギー対策は重要です。
アレルギーの原因がわかっているときは、しっかりと管理してあげましょう。
犬にも花粉症があり、皮膚炎が季節によって悪化するようであれば、花粉アレルギーと関連しているかもしれません。
かゆみ止めの薬は対処療法ではありますが、治療薬の1つとしてよく使います。
掻くことで皮膚のバリア機能が破壊され治りにくくなるという、悪いスパイラルから抜け出すために有効です。
痒みが強いストレスになっていると免疫力低下に繋がりやすく、結果として菌が有利になっていまいますから、そういった点においても意味があります。
シャンプーは低刺激のものにして優しく洗い、回数については多すぎないようにしましょう。
マラセチア菌はアルカリ性の皮膚を好むので、あまりアルカリ性の強いもの(石鹸など)は使わないほうが良いと考えられます。
皮膚常在菌(細菌叢)のバランスが乱れている
皮膚の上にはたくさんの菌が住んでおり、こうした菌のことを皮膚常在菌と呼びます。
皮膚のバリア機能の維持には、実はこうした菌たちも貢献しています。
皮膚常在菌は犬によって異なっていますが、人の説を参考にすれば兆単位に及ぶと考えられます。
腸内環境と同じように善玉菌や日和見菌、悪玉菌などが混在しており、こうした菌たちがお互いにバランスを取ることで皮膚の健康が保たれると考えられています。
何らかの理由で皮膚常在菌のバランスが乱れて悪玉菌(黄色ブドウ球菌)が増えてしまうと、皮膚炎を起こしやすくなります。
皮膚のpHもアルカリ性が強くなりやすく、普段はおとなしくしているマラセチア菌まで増殖してきます。
実際にマラセチア性皮膚炎では、黄色ブドウ球菌の増殖も見られることがあります。
菌たちは皮膚が分泌する皮脂などをエサとしているために、シャンプーのしすぎは皮膚常在菌のバランスを乱すという面からも気をつけないといけません。
抗菌シャンプー、抗菌スプレー、消毒薬や抗生物質の使用は獣医師とよく相談して決めましょう。
皮膚の免疫力が低下している
免疫力は体の防御機能であり、体内のあらゆる場所で菌による感染を防ぐ役割を担っています。(感染防御)
皮膚はまさに外部と接触しており、そして常に菌と接触していますが、そう簡単には感染しないのは免疫力のおかげです。
アレルギー性皮膚炎などで皮膚のバリア機能が低下していても、まだ免疫力による感染防御が待ち構えているわけで、二段防御のようにも考えることができるでしょう。
この免疫力の働きは必ずしも一定ではなく、日々の中でも変動し、何らかの理由で大きく低下してしまうこともあります。
たとえばよく知られていることに、睡眠の質が悪かったり、運動量が少なすぎたり、過度な偏食、ストレスの蓄積は免疫低下の要因として挙げられます。
こうした原因にアプローチすることは一見遠回りに思えますが、慢性化しやすいマラセチア性皮膚炎の治療では意外に重要です。
免疫力の低下に関して、薬の影響が明らかな場合もあります。
別の病気で免疫抑制剤を使っているとき、ステロイドなどの副作用に免疫抑制がある薬剤を使っているときも、免疫力が大きく低下してしまう可能性があります。
もちろん投与量によって差がありますが、内服薬でも外用塗布薬であっても、マラセチア性皮膚炎に対してはリスクがあります。
治療中にマラセチア性皮膚炎になってしまったときは、何を優先していくべきか獣医師と検討してください。
そもそも犬はマラセチア性皮膚炎になりやすい
人の皮膚は弱酸性ですが、犬の皮膚はそれよりもアルカリ性に傾いています。
体毛によって皮膚を守っている犬と、体毛を失った人間の差なのかもしれません。
マラセチア菌が繁殖しやすいのはアルカリ性の皮膚ですから、そもそも犬は人よりもマラセチア性皮膚炎にかかりやすい動物だと言えるでしょう。
そして皮膚の角質層も人に比べて薄いので、体毛で防げない刺激に対して弱いと言えます。
ゴシゴシと力を入れて洗うことは避け、犬専用のシャンプーを使ったほうが良いのはこういった違いがあるためであり、皮膚のバリア機能を守るためです。
なおシャンプー後は毛をしっかりと乾かしてあげましょう。
高湿度の環境を好む菌が増えてしまい、皮膚常在菌のバランスを崩す可能性があります。
まとめ
マラセチア性皮膚炎では、外部の原因(マラセチア菌)にばかり気を取られてしまうと、治療が長引きやすくなったり、いったん良くなってもまた再発してしまいやすくなります。
皮膚のバリア機能などの体側にある原因にも同時にアプローチすることが重要であり、皮膚常在菌であるマラセチア菌と上手に付き合っていくことが治療の目指す方向です。
使用する抗真菌剤が犬の負担になりやすいので、治療を長引かせないようにしましょう。
局部(患部)だけにとらわれず、体全体の健康度を高めること、さらには精神(メンタル)的な健康度から免疫を改善させていくことも、動物病院での治療効果を高めますから、そういった取り組みも併せていくべきです。
こういった広い視野を持つことができれば、たとえ自宅での工夫だとしてもご愛犬に適した有効な対策が見つかるはずです。