著:薬剤師 岡田憲人 プロフィール
肝臓機能が悪い犬や猫は、実はかなりの数にのぼります。
危険な肝臓病もあれば、一時的な肝機能低下でそれほど心配の要らないケースもあります。
一時的な肝機能低下の原因で最も可能性が高いのは、投与中の薬の副作用です。
この場合は薬物治療が終われば肝機能は回復してくるので、たいていは心配ありません。
肝臓はある程度のダメージならば自己修復してしまうタフな臓器なのです。
ですので1回だけの検査で肝臓の数値が悪いと言われても、みんなが肝臓病というわけではありません。
まずは動物病院で検査を受けて、ご愛犬やご愛猫の肝臓がどのような状況なのか把握しましょう。
検査のおかげで安心できることも多々ありますし、肝臓以外の病気が早期発見できて早期治療に繋げることもできます。
たいていは血液検査やエコー検査など、あまり犬猫たちに負担のかからない検査で状況を掴むことができます。
一般的な治療についてお調べの方は、こちらのページをご参照ください。
肝臓病と肝不全
人の場合、肝不全というと肝臓の機能が著しく低下したかなり進行した肝臓病のことになりますが、動物医療の世界では、肝臓病と肝不全は同じような意味で用いられます。
軽度の肝臓病でも肝不全と言うこともあり、必ずしも「肝不全=重症」ではありません。
獣医師によく説明を求めてください。
肝臓病の種類と原因
ひとことで肝臓病と言っても状況はさまざまです。
原因に至っては不明なこともよくあります。
このページでは、獣医師としての知識と経験から、肝臓病をいくつかのタイプに分類し、その原因について解説します。
治療法や療法食については別のページで解説します。
※なお肝臓病のタイプ分類は難しく、重複部分が多いことをご了承ください。
慢性肝炎、慢性肝障害
名前の通り慢性的にいつも肝臓が傷んでいる状態です。
数ヶ月、数年という比較的長い時間をかけて徐々に肝臓が悪くなっていきます。
ALT(GPT)、AST(GOT)、ALP(アルカリホスファターゼ)、GGT(γ-GTP)といった肝機能値は上がったり下がったりしますが、長い目で見ると徐々に上昇していきます。
慢性肝炎にはあまり「特徴的な症状がない」ことが特徴です。
初期はもちろん進行してからもあまり症状が出てこないため、健康診断や他の病気の治療がきっかけで発見されることがよくあります。
肝機能値がかなり悪くなってから発見されることも多いので、6歳を超える頃から定期的に健康診断は受けておくと良いでしょう。
なお進行がとても遅く寿命に影響しないと考えられる場合は、必ずしも治療を受けるなくてもよいでしょう。
原因
原因の特定は難しく、食事やおやつが体質に合っていなかったり、慢性的なアトピーや、心臓病が原因となることもあります。
長く与えている薬の副作用の可能性もありますし、植木の肥料を隠れて食べ続けていることもあります。
もちろん、もともと遺伝的に肝臓が弱い犬猫もいます。
※遺伝については別ページで解説します。
いずれにしても原因は直近ではなく、かなり以前から続いている「何か」ということになります。
獣医師だけで原因を究明することがなかなか難しく、飼い主さんに協力してもらいフードを変えたり、生活環境を工夫したりして、ひとつひとつ原因を絞っていきます。
それでもやはり原因不明となってしまうケースは多々あります。
なお原因不明とされる肝臓病の中には、ウイルス感染によるものが多く含まれていると私は考えています。
ウイルスの存在を調べる検査はあるにはあるのですが、犬猫にはあまり一般的ではなく、もしウイルスを見つけたとしても簡単には治りません。
急性肝炎
慢性肝炎とは対照的に、短期間のうちに急激に肝臓の調子が悪くなります。
それまで正常だったALT(GPT)、AST(GOT)、ALP(アルカリホスファターゼ)、GGT(γ-GTP)などの肝機能値が、一気に振りきれるほど上昇します。
症状としては、下痢、嘔吐、食欲不振、だるさ、腹水などから始まり、進行すると痙攣や昏睡に至ります。
ビリルビンが上昇して黄疸となり、眼や皮膚が黄色くなってくることもあります。
原因
比較的原因を特定しやすく、発症の直前に原因があることがほとんどです。
薬の副作用が強烈に出てしまっていたり、何かを誤飲した可能性があります。
数日内にタマネギを1玉食べてしまった、家族の薬を誤飲した、農薬や殺虫剤を舐めてしまったなど、思い当たる節があれば必ず獣医師に伝えて下さい。
誤飲の中でも、農薬、殺虫剤、殺鼠剤、除草剤といった化学薬品は非常に危険です。
一気に大量の肝臓細胞が破壊されるため、たびたび命に関わります。
家庭内でも洗剤やブリーチ剤、塗料や溶剤など急性肝炎を引き起こすものがたくさんありますので、保管には十分に気をつけてください。
特に気をつけてほしいものがプランターなどに撒く肥料です。犬猫たちが好んで大量に食べてしまうことがあり、急性肝炎の原因になりかねません。
上記は薬物性肝障害としても後述しています。
肝機能低下症
肝臓の検査値があまり良くなかったときに肝機能低下症と言われることがあります。
かなり広い意味で用いられますが、どちらかというと状況は穏やかで、慢性肝炎の意味で用いられることが多いと思います。
ただちに危険な状況に陥るようなときには、肝機能低下症という診断で留めることはないでしょう。
原因
慢性肝炎と同じで、さまざまな要因が考えられます。
状況が切迫していないのでしたら、獣医師と相談しながらまずはフードやおやつを見直してみてください。
あまりに脂肪(油)の多いフードが原因になることもあります。
心臓病を治療していないことが原因になることもありますし、脱水症状を起こしているときは一時的な肝機能低下が見られます。
薬物性肝障害
名前の通り、薬物によって引き起こされている肝臓病です。
薬が合わず強烈な副作用が出たり、誤って大量の薬を飲んでしまったりすると急性肝炎に陥ることがあります。
薬物性肝障害は医薬品だけに限らず、農薬や殺虫剤などの毒性の強い化学薬品でも引き起こされ、このようなときは急速に肝臓が破壊される恐れがあります。
逆に慢性肝炎の様子を呈することもあります。
毒性の少ないを長期間与えている場合などには、徐々に肝臓にダメージが蓄積されて肝臓が障害されていきます。
たとえば抗生剤やステロイド剤、抗てんかん薬などで起こりえます。
原因
すでに記載したとおり、医薬品や化学薬品が原因です。
どのような医薬品でも肝臓にある程度のダメージを与えますし、個体差からダメージの度合いは大きく異なります。
また薬を間違って多く与えたり、人用の風邪薬を食べてしまったりと、過量投与になると危険が増します。
抗癌剤などの極めて肝毒性の強いものは、ほぼ間違いなく肝臓に大きなダメージを与えるでしょう。
化学薬品では農薬や殺虫剤、除草剤の肝毒性は強烈で舐めるだけでも危険です。
植物の肥料は農薬のように毒性は高くありませんが、犬猫たちが自ら好んで食べてしまうことがあるため、大量摂取になりがちです。
薬剤とは少し違いますが、毒キノコによる肝臓病も薬物性肝障害と分類されることがあります。
以前にジャーキー病という肝臓障害がありましたが、これも食品中の化学薬品(添加物)が原因ではないかと言われています。
胆のう炎からの肝臓病
胆のうとは胆汁を溜めておく袋状の臓器です。
胆汁を排泄するチューブ状の胆管によって肝臓と接続しています。
この胆のうの病気、すなわち胆のう炎がしばしば肝臓病を引き起こすことがあります。
急激に進行する場合は、胆のう炎に伴う痛み、元気喪失、食欲不振、そして黄疸で発見されます。
原因
胆のう炎の原因のほとんどが、胆汁が泥状になってしまう胆泥症や、胆汁が石のように固まってしまう胆石症です。
それらの発生原因は未解明ですが、通常よりも胆汁が濃くなってしまっています。
胆のう炎が発生すると有毒なビリルビンを含む胆汁がうまく排泄されなくなります。
行き場を失ったビリルビンは血液中に逆流しはじめ、その色素によって皮膚は黄色っぽくなり、尿から排泄されるようになるので尿は濃い色になってきます。
胆汁が停滞すると、容易に細菌感染が起こるために、肝機能が一気に低下することがあります。
心臓の病気が引き起こす肝臓病
心臓と肝臓は一見無関係に思えるかもしれません。
ですが実際には密接な関わりがあります。
目立つ症状はほとんどなく、時間をかけてゆっくりと肝臓が壊れていきます。
原因
多くの心臓病に共通しているのは、心臓から送り出される血液量の減少です。
心臓病の犬猫たちは全身の血の巡りが悪く、むろん肝臓の血流量も減っています。
肝臓は体中の毒物を処理しており、その際には大量の血液を必要とします。
血流量が低下すると、体中から集まってくる毒物によって肝臓の細胞が破壊されたり、肝臓のもつ自己修復力が低下してしまうと考えられます。
フィラリア感染により心臓の機能が低下している場合も、肝臓はダメージをうけることがあります。
ミクロフィラリア(フィラリアの幼虫)が直接肝臓を障害するケースも考えられます。
ウイルス性肝炎
人の場合は肝炎ウイルスが関係している肝臓病が多く、それは犬猫たちも同じだと考えています。
ただし動物への肝炎ウイルス検査はまだあまり一般的ではないので、間接的な検査値や、病気の経過から推測していくことになります。
このケースに限り、インターフェロンによる治療が提案されることがあります。
ウイルスを抑えることができるかもしれません。
原因
ウイルスに感染してしまう原因は、おそらくウイルスを持っている他の犬猫からの感染です。
ケンカや交尾などでウイルスに汚染された血液に接触する可能性があります。(水平感染)
また母子間での感染(垂直感染)もありえます。
出産時の産道からの出血が原因です。
逆にグルーミングや同じ食器の使用、トイレの共用などでは感染することはないでしょう。
人の場合ですが、注射器の使い回し、入れ墨、輸血などが感染原因になったことがあります。
肝臓の腫瘍
肝臓の腫瘍とは、すなわち癌のことです。
肝臓に発生する腫瘍は、大きく原発性と転移性に分けられます。
原発性は肝臓で発生した腫瘍です。
主に肝細胞が癌化するもの、肝臓内の血管から発生する腫瘍、肝臓を通る胆管から発生する腫瘍があります。
転移性の場合は肝臓以外の他の場所で発生した腫瘍が転移してきたものです。
早期の場合はほとんど症状はありません。
症状が出てくるのは相当に進行したときで、一般的な肝臓病の症状が現れてきます。
胆管が押しつぶされてしまうと、それほど進行していなくても急に黄疸が現れることがあります。
原因
肝機能を悪くしている原因は腫瘍ですが、腫瘍の発生原因となると、ほとんどわかっていません。
食事に原因があるという説、ストレス説、遺伝説などがあり、おそらくいくつもの要因が絡み合っていると思います。
これは人の場合ですが、肝臓原発の腫瘍の多くは肝炎ウイルスによって引き起こされます。
肝炎ウイルスに感染すると数十年という長い時間をかけ、肝硬変を経て肝臓癌となっていきます。
人の胆管癌の場合は塗装や印刷に携わる業種での発生が多く、有機溶媒などの化学薬品に原因があると考えられています。
肝リピドーシス
肝臓に脂肪が溜まってしまう病気で、しばしば猫に発生します。
ご愛猫の目や歯茎、皮膚が黄色くなっているときは肝リピドーシスによって黄疸が発生している可能性があります。
元気や食欲がないときはチェックしてください。
原因
脂肪の多い食事は良くありませんが、それだけが原因になることは少ないと思います。
外部からの強いストレスや、他の病気が原因となって、複合的に引き起こされている可能性があります。
他の病気というのは、甲状腺の病気や糖尿病、膵炎など、エネルギー代謝に関わるような病気との関連性が指摘されています。
また絶食が続くとき、特に肥満気味の猫には発生しやすくなります。
肝硬変
本来は弾力があり柔らかい肝臓ですが、ダメージを受け続けていると線維化して硬くなってきます。
そようような状況を肝硬変といいます。
繊維化した部分は肝臓にありながらまったく機能しません。
それどころか肝臓の自己修復力をもってしても、再び元に戻ることはありません。
ゆえに、かなり状況の悪い重症の肝臓病と言えます。
詳細はこちらのページをご参照ください。
原因
肝臓は肝細胞がたくさん集まって構成される臓器です。
その肝細胞が毎日生まれ変わることで肝臓は自己修復されています。
しかしあまりに死んでしまう肝細胞が多かったり、細胞の生まれるペースが落ちていると、本来細胞が入れ替わるスペースが繊維質に置き換わってしまうことがあります。
原因はこのページで述べてきたすべてが考えられます。
肝硬変は、ダメージに耐え続けてきた「肝臓の成れの果ての姿」と言えるかもしれません。
肝臓病の治療について
動物病院における肝臓病の治療は、ほぼ薬物治療です。
点滴(輸液、補液)だけで状態が良くなるケースもありますが、塩水ですからせいせい1日改善する程度でしょう。
肝臓病の治療では、いくつもの薬剤が使われます。
安全な薬ばかりですが、正直効き目のはっきりしない薬でもあります。
肝臓病の薬について、薬剤師としてわかりやすく解説してみましたので、ご参照ください。