著:薬剤師 岡田憲人 プロフィール
監修:獣医師 森内利郎(神戸市アルファ獣医科病院 院長)
胆泥症(たんでいしょう)とは
胆泥症は犬によく見られる病気です。
胆泥症では、胆のうの中で濃縮されすぎて泥のようになった胆汁が出てこなくなっています。
病気とも言えますが、症状がまったく出ない子もいますし、健康に影響することなくずっと元気でいる犬もいます。
ですので軽度ならば必要以上に不安になることはありません。
とは言いましても、なかには胆泥が増えすぎて重症化する例もあります。
胆のうの機能が失われてしまったり、胆汁が出にくくなってしまうと状況は一気に悪くなってきます。
胆泥があるとわかったら、定期的に動物病院でチェックしてもらうと安心です。
胆泥に関わる基礎知識
胆のうについて
胆のうは、肝臓の近くにある袋状の臓器です。
肝臓と胆管によって結ばれていて、肝臓で作られた胆汁をストックしています。
胆汁(たんじゅう)について
胆汁は水と油を混ぜやすくする性質を持ち、脂肪の消化吸収をサポートしてくれる液体です。
胆汁は肝臓で作られ、胆のうに貯蔵されますが、その間に濃縮されます。
そして食事のたびに十二指腸(じゅうにしちょう)へと放出されます。
胆泥(たんでい)と胆泥症(たんでいしょう)
胆汁の粘性が高まりすぎて、胆のうの中で泥のようになったものが「胆泥」です。
胆のうの壁に胆泥がベッタリとくっついた状態はエコー検査で観察することができます。
胆泥があること自体は病気とは言えません。
胆泥があることに関連して症状が出てきたり、血液検査値(ALPなど)に異常が見られるとき、「胆泥症」と診断されるでしょう。
最初の胆汁はサラサラとした液体ですが、胆のうで粘度が高められます。
それであっても胆管スムーズに流れて十二指腸へ放出されます。
しかし胆泥症では、粘度が高くなりすぎた胆汁がいつまでも胆のうに取り残されています。
このような状況にあると胆のうに炎症が起こりやすく、また胆管が詰まりやすくなるといったリスクが高まる傾向がみられます。
胆泥による症状
胆泥があるからと言って、必ず症状が出るわけではなく、むしろ多くは無症状です。
つまり「胆泥がある」ことと「胆泥症」は、正確に言えばイコールではありません。
胆泥が少し溜まっている
たいていは何も症状が見られません。
「胆汁をストックしておいて、食事のたびに放出する」という意味で、胆のうはほぼ十分に機能します。
おそらく本人も元気で、食欲も良好でしょう。
ずっとこのままでいてくれれば、一生のあいだ健康に影響がないと言えます。
胆泥が増えてくると見られやすい症状
胆泥が増えて、胆のう壁に広くこびりつくようになると、胆のうに炎症が起こりやすくなります。
また胆泥が胆のうを占拠することで空き容量が減り、正常な胆汁をストックするスペースが失われます。
すると食事中に放出される胆汁の量が減るので、脂質を消化吸収しにくくなってしまいます。
ですので胆泥が多いと、嘔吐や下痢、発熱、腹痛、食欲不振などが症状が見られます。
ご飯を食べなくなる、食べる量が減る。
ぐったりしている、あまり動かなくなる。
便が液体状や泥状になる。
緑や黄色っぽい液体や未消化のものを吐く。
脇の下や腹部などが熱を持っている。
このような症状がたまに見られるようならば、早めに受診しましょう。
服薬治療をしているにも関わらず、だんだん症状の発現頻度が増えてくるようであれば、治療方針を早めに再検討するべきだと思います。
胆泥症と黄疸
胆泥が多い犬は、そもそも胆汁の粘度が高めの傾向があります。
ドロドロした胆汁は胆管を詰まらせやすく、実際に胆管が詰まってしまうと状況は一気に悪くなってきます。
たとえば黄疸(おうだん)が起こりやすくなります。
こういった場合の黄疸は、まず腸管に放出されなくなった胆汁が、行き場を失って肝臓内に蓄積することから始まります。
やがて胆汁成分が血液中に溢れ出し、血中のビリルビン濃度を高めていきます。
その影響で皮膚や目が黄色っぽくなり、尿もオレンジ色を呈してきます。
このような変化は飼い主にも見つけやすく、黄疸が判明しやすい症状だと言えるでしょう。
なおビリルビン自体は必ずしも体の毒とは言えません。
血中ビリルビン濃度が高いほど、元気喪失や食欲不振といった症状が出やすい傾向はありますが、何かしらの他の問題が関わっていると考えたほうが正しいでしょう。
そのうえで黄疸が出るほどの状態は早期に改善させるべきです。
胆泥症による胆のう破裂
胆泥の溜りすぎが、直接的もしくは間接的に影響して、胆のうを破裂させてしまうことがあります。
珍しいことだと言えますが、そうなってしまうと非常に危険です。
胆のう外に胆汁が漏れ出すと、命にかかわる腹膜炎を起こしかねません。
腹膜炎は激しい腹痛を伴いますので、胆泥があるとわかっている犬が、急に歩かなくなったり、お腹に触ると威嚇してくるようなとき、早急に受診してください。
胆泥症の原因と対策
胆泥症の原因は諸説あります。
そのため原因の特定は困難と言えます。
また原因を1つに絞り込むより、いくつかの要因が複合的に絡み合って胆泥を溜まりやすくしているのだと考えたほうが良いでしょう。
食事
胆泥を増やす原因として考えられているのが食事です。
脂質の多い食事や肉類やおやつの多量摂取により引き起こされているという説は比較的広く信じられています。
しかし脂質を与えない場合、胆汁による消化吸収の必要性が低下します。
結果、胆のう内に胆汁が滞りやすくなり、その間に胆汁の粘度が増しやすくなります。
すなわち、極端な油抜き生活にはむしろ胆泥を増やす可能性があるとも言えます。
生活習慣
肥満、運動不足、加齢が原因という説があります。
胆泥が増える原因が、胆のうや肝臓だけでなく、全身状態の乱れにあると考えたとき、生活習慣の影響は大きいでしょう。
たとえば散歩で得られるメリットは運動による体力アップだけではありません。
体内時計のリセット効果、ストレス発散作用、睡眠の質の改善効果、さらには食事が美味しく感じたり、飲水量の増加といった複数のメリットがあり、それらの相乗作用が全身状態を良くしてくれ、さらには胆泥の抑制にも繋がると考えて良いと思います。
炎症や疾患
胆のう炎や内分泌疾患(甲状腺機能低下症や副腎皮質機能亢進症)などが原因という説もあります。
炎症や疾患が原因で胆汁の性質変化で粘度が増してくるという考え方です。
胆泥症に関わる検査
胆泥の有無を調べるためにはエコー検査が適しています。
エコー検査は安全な超音波を使いますので、犬に負担をかけず、しかもすぐその場で結果がわかります。
胆泥があると犬は、血液検査でALPが高くなる傾向が見られます。
ALPの高さだけでは胆泥の有無はわかりませんが、それをきっかけにエコー検査を受けて胆泥が見つかることもよくあります。
胆泥症がひどくなると、血液検査ではALPだけでなく、ビリルビン(T-BIL)も上昇してくることがあります。
胆泥症の治療
胆泥を減らすために、動物病院ではいくつかの治療を提案してくれるでしょう。
運動や食事制限
胆泥症の症状が軽度な場合は、治療を行わず経過観察する場合があります。
そのあいだに運動や食事のコントロールが提案され、経過観察していきます。
一般的に、食事中の脂質を減らすようにと指導されるでしょう。
※脂質制限について
脂質は健康を維持するために必要不可欠な栄養素です。
脂質量をゼロにしてしまうことには大きな健康リスクが潜んでいるため、よく獣医師と相談して食事を考えていくべきでしょう。
医薬品
利胆剤とよばれるウルソデオキシコール酸がよく用いられるます。
胆汁の粘度を低下させて流れをよくすると言われてはいますが、あまり効果が見られないケースもあります。
原因となる炎症や疾患の治療
胆のう炎や内分泌疾患が原因と考えられる場合、これらの治療によって胆泥症が改善してくれる可能性があります。
胆のう炎は、他の臓器の炎症(膵炎、腸炎、肝炎、胆管炎など)が影響していることもありますので、治療がうまくいけば間接的に胆泥症を改善させるかもしれません。
内分泌疾患である甲状腺機能低下症や副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)を患っている場合も、治療によって胆泥症に改善が見られる可能性があります。
手術
手術で胆のうを切除することがあります。
胆泥の溜まる場所を取り去ってしまうので、胆泥症の心配は一気に解消します。
胆管が完全に詰まってしまっているような状況や、胆のうが破裂して腹膜炎になることを未然に防ごうとするとき、手術が検討されます。
胆のうは切除してしまっても、命に別状はありません。
ただ胆汁をストックすることができなくなりますので、手術後は脂質の消化吸収が不得意になって下痢になる傾向があります。