著:薬剤師 岡田憲人 プロフィール
犬猫たちに一般的に使われている肝臓病の治療薬を解説します。
獣医師から処方されると、良い薬なのだと信用しがちですが、実際に劇的な改善が見られる肝臓の治療薬はほんの一部に限られます。
もちろんどの薬でも効いていれば止める必要はありません。
ただし、もし効いていないのであれば中止を含めて検討してあげたほうが良いでしょう。
なぜならば、副作用や治療コスト、服用によるストレスを考えた時に、犬猫たちは損を被ってしまうからです。
多くの医薬品はインターネット錠で添付文書(説明書)が閲覧できるのですが、一般の方にはかなり不親切で読みにくい文書です。
私の拙い薬剤師スキルで、できるだけわかりやすく解説してみます。
今後も新たな有益情報が入りましたら修正していきます。
肝機能の変化まとめ
実際の改善例をグラフにしてまとめています。お時間のあるかたはご参照ください。
肝機能が改善した子たちのグラフ
ウルソ(ジェネリックもあり)
成分:ウルソデオキシコール酸
ウルソデオキシコール酸は胆汁成分です。これを服用すると胆汁の出が良くなって、胆石が溶けたり、肝機能が改善すると言われています。
効果:肝機能の改善、胆石を溶かす
人の治療薬を動物医療に転用しています。
私は薬剤師時代に数十万錠を調剤してきたと思いますが、人に効いたという実感は残念ながらあまりありません。
たぶん犬や猫に使っても劇的には効かないでしょう。
獣医師に聞いてみても、とりあえずウルソを使っているが良く効いている感触はないと言われます。
作用メカニズム:胆汁を増やす
胆汁は体にとって毒であり、どんどん排泄したほうが良いと考えられています。
胆汁の出を良くして肝臓の負担を減らし、肝臓を治すというのがウルソのうたい文句です。
しかしこのメカニズムが適用されるのは一部の肝臓病に限られるでしょう。
そもそも胆汁がどんどん出てくるという点についても、どうなのかなと思っています。
投与量:人は1日600mg
人にはウルソデオキシコール酸として通常600mgを投与します。
病気によっては150mg~900mgまでありえます。
犬や猫の場合は体重から投与量を求めますが、人に比べると多めに与えます。
多くても安全性だけはとても高いので、まず心配はいらないでしょう。
副作用:微々たるもので、ほぼ安全
さきほど安全性が高いと書きましたが、本当にその通りです。
いままで私も副作用らしい副作用を見たことがありませんので、おそらく犬や猫でもまず薬害の心配はないでしょう。
薬剤師の見解:他の治療を考えたほうが良い
ウルソは簡単に言ってしまえば、「あまり効かないけど安全な薬」です。
薬は効かなくては意味がありませんので、残念ながらウルソはあまり価値の高い薬とは言い難いです。
しかしながら個人差や病態によっては少し効く子もいるでしょう。
副作用のリスクはほとんどありませんので、1ヶ月程度くらいなら試してみるのは構わないと思います。
私は過去にウルソを飲んでいる犬や猫の飼い主様からも話を聞いてきました。
ほとんどの犬猫たちは「毎日与えているのに肝機能がまったく改善していない。」といった状況でした。
ましてやウルソで助かったという話は、私の経験ではゼロです。
他にもネガティブ要素として、錠剤にしろ粉にしろ美味しくもない薬はストレスを与えかねない、ということがあります。
服用ストレスがなぜ悪いのか説明します。
薬にはプラセボ効果というものがあり、たとえば小麦粉で作ったニセ薬でも人は効くものだと信じこむため、ある程度の効果が出てしまいます。
ところが薬は効くものという認識を持たない犬猫においては、薬の服用はストレスにしかならず、たいていプラセボ効果はマイナスに働きます。
美味しい薬ならわかりませんが、美味しくないウルソはまず間違いなくマイナスになるでしょう。
ゆえにトータルで考えて「ウルソの場合、飲ませるストレスを上回るメリットは、ほとんど得られない。」が私の見解です。
もしご愛犬ご愛猫に効果が見られていないなら、早めに他の治療法を検討したほうが良いと思います。
数ヶ月飲んで効いていないのでしたら、たぶん何年飲ませても無理です。
もし担当獣医師が話を聞いてくれないようなら、他の獣医師に相談してみてください。
スパカール
成分:トレピブトン
利胆剤と呼ばれるような成分です。
人の治療薬を動物治療に転用したものです。
効果:胆石、胆のう炎を緩和する
肝臓の治療薬としては人間の治療では使われていないと思います。
そもそも肝臓病の改善薬ではありません。
胆石症で使うのでしょうが、私はほとんど調剤したことがありません。
ただ動物医療では肝臓が悪いときによく処方されます。
作用メカニズム:Oddi括約筋を緩める
Oddi(オッディー)括約筋というのは、十二指腸にあって胆管や膵管の出口を締める筋肉のことです。
これを緩めることで胆汁の出を良くするというものがスパカールの作用です。
投与量:人は1日120mg
ウルソと同じで、人から体重換算すると、犬や猫には多めに与えています。
副作用:微々たるもので安全
メーカーの添付文書を読む限りかなり安全な薬剤です。
薬剤師の見解:肝臓病の治療に使用すべきでない
スパカールには直接的に肝臓を治す効果は認められません。
メカニズムから考えても、特殊なケースを除いてメリットがあるとは思えません。
特殊なケースというのは、たとえば胆泥症などの胆道系の疾患です。
チオラ
成分:チオプロニン酸
人に使う医薬品の転用です。
効果
人の慢性肝炎に対して56.6%もの有効率があると、添付文書に記載されています。
何をもって効果ありとするかで見解は異なりますが、それほどまでに効くなら、もっと使われているはずでしょう。
そのわりには今ほとんど使われていない薬です。
人の場合は、水銀中毒に使われるくらいだと思います。
作用メカニズム
添付文書には詳しく書かれていません。
構造中にもつSH基(水素化された硫黄)が作用発現に関わっているはずです。
メカニズムのひとつは、体内の重金属を排泄する作用です。
金属を抱えて体外に運び出します。
特に水銀中毒で有効と記されています。
投与量:人は1日300mg
1錠100mg。
副作用:人で1.2%
副作用はとても少ない部類の薬です。
効果のはっきりしない薬によくありがちなパターンです。
薬剤師の見解
獣医師に聞いても、あまり効かないと率直な意見をもらっています。
副作用はほとんど出ないようなので、試してみるのも良いでしょう。
重金属を排泄するため、例えば亜鉛減少による味覚障害、免疫低下、元気低下が心配されますが、どうやら頻度は少なそうです。
鉄減少による貧血も同様です。
タチオン
成分:グルタチオン
注射薬と錠剤、粉薬があります。
注射薬は1本100mgと1本200mgがあります。
錠剤は50mgと100mgがあります。
粉薬は1g中に200mgを含みます。
効果
人の慢性肝臓病に、なんと76.8%もの有効率があると記されています。
ですが、なぜかあまり効いたという話は聞きませんので、数字は鵜呑みにしないほうが良いでしょう。
ちなみにタチオン点眼薬という白内障の薬があるのですが、これがまた反応のよくわからない薬です。
なのに添付文書に記されている有効率は82.3%です。
現場にいた薬剤師としては相当なギャップを感じます。
犬や猫にだけ特別効くとも考えにくいです。
作用メカニズム
上記のチオラと同じようなメカニズムだと考えられます。
やはりSH基を有する構造をもち、重金属中毒を改善させると添付文書に記されています。
投与量:人で100mg~200mg
人の場合はおおよそ1日に100mg~200mgです。
犬や猫ではこれよりも少なくなることが普通ですが、多めに与えて危険ということはないでしょう。
副作用
人の場合、注射薬での副作用はわずか0.4%とされています。
相当に安全な薬です。
薬剤師の見解:期待するほどの薬ではない
私にとってタチオン錠は20年ほど前にはよく調剤していた思い出の薬です。
近隣病院の方針もあったのでしょうが、とにかく高齢者にはバンバン処方されていました。
効いていたという実感はありませんが、副作用らしい副作用は記憶にありません。
タチオンを調剤していたのはその時期くらいで、以後はほとんど触れることもなくなりました。
私の個人的感想ですが、廃れたという印象のある薬です。
プロトポルト(旧:プロルモン)
成分:プロトポルフィリン
人の医薬品を動物医療に転用しています。
投与量:人は1日60mg~120mg
1錠にプロトポルフィリン40mgが含まれています。
効果
添付文書には慢性肝疾患の肝機能を改善するとの記載があります。
作用メカニズム
添付文書に記載がありません。
副作用
添付文書に「本剤は、使用成績調査等の副作用発現頻度が明確となる調査を実施していない。」との記載があります。
薬剤師の見解
あまり人にはよく使われる薬ではありませんでした。
使用している獣医師からは、あまり効かない薬だと聞いています。
ラエンネック
成分:人の胎盤の抽出物
胎盤すなわちプラセンタの抽出物です。
人の胎盤を酵素で分解したものを水に溶かし込んでいます。
肝臓の細胞を再生させると考えられています。
効果
人の添付文書によれば、慢性肝疾患において肝機能を改善させるとあります。
ラエンネックは動物治療ではまだ一般的と言えるほど普及していませんが、私の知る獣医師の多くは導入しています。
彼らはラエンネックの性能を高く評価しています。
作用メカニズム
プラセンタには細胞を増殖させる様々な物質が含まれていると考えられます。
肝臓病の治療にで高価を発揮するのも、肝細胞の増殖促進が関わっているのでしょう。
肝臓はタフな臓器ですから、検査で悪い数値が出るときはかなり傷んでいます。
たとえばALT(GPT)の数値がかなり高いとき、肝細胞がだいぶ死んでしまっている状況です。
プラセンタは肝臓の持つ自己再生能力を高めると考えられます。
つまり死んでしまった肝細胞に置き換わる、新しい肝細胞を作り出すことが期待できます。
副作用:おおむね安全といえる
注射部位が痛む、固くなったなどを除くと、ラエンネックの副作用は少なく、かなり安全な薬剤だといえます。
ラエンネックは一般的な薬剤と異なり人の臓器を使っているため、安全性にはかなり気をつけて製造されていることが伺えます。
日本の婦人の胎盤だけを使用し、渡航歴のチェック、ウイルス検査や、製造時の高圧蒸気滅菌により安全性を担保している旨が添付文書に記載されています。
薬剤師の見解
ラエンネックは他の治療薬がいまいちのとき、試す価値があると思います。
なぜならば、私がインタビューした獣医師の多くが肯定的な回答をくださったからです。
全国1万の動物病院のうち、わずか数店舗ではありますが、それでも私の薬剤師の経験と勘からラエンネックは使える薬剤だと考えます。
ただしラエンネックは注射薬のために、どうしても通院治療が必要です。
プラセンタの研究データ
弊社メディネクスでは、薬だけに頼らない方法を具体的に提案しています。
効いていない薬は、漫然と続けるべきではない
肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれる通り、病気が進行していてもなかなか症状を現しません。
もし症状が出てきたときは、肝臓が相当に深刻な状況になって悲鳴を上げ始めたと考えて良いでしょう。
ですので、「薬を使っているから大丈夫」と油断して、貴重な時間を費やしてはいけません。
定期的な血液検査で、薬の効果をしっかりと把握しておいて、薬がしっかり効いているのかどうか判断する必要があります。
もし効いていないようであれば早めに対処方法を再検討するべきでしょう。
初期の肝炎も、良い治療を受けないでいると、より重症な脂肪肝や肝硬変に移行していくことも考えられます。
GPTやALPのみならず、ビリルビン(T-BILL)やアンモニア(NH4)までもが上昇してきてしまうと、とたんに元気や食欲が喪失してくることがあります。
そうなってからの治療は厳しく、場合によっては打つ手がなくなってしまうこともあるのです。
肝臓が悲鳴をあげる前に、その状況を教えてくれるのがGPTやALPという数値です。
早い段階での治療は反応しやすいですから、GPTやALPの数値をバロメーターにして肝臓の状態を把握してあげましょう。
なお肝臓の不調の原因は、たいていは1つきりではありません。
ほとんどのケースで複数の要因が複雑に絡み合っていると考えたほうが良く、対処法も1つだけでは足りないと考えたほうが良いかもしれません。
実際に薬だけに頼っていると、なかなか結果が伴いにくいのは、このような理由があるためでしょう。
肝臓を改善させるときのコツは、複数の取り組みを同時に実施することです。
薬を使うのは構いませんが、それだけでは弱いと考えて、食事の見直しも組み合わせてほしいと思います。
栄養状態が良く、健康状態が良いほど、肝臓は元気になりやすいのです。
また良い組み合わせは、単なる足し算ではなく、それぞれが相乗的にメリットを引き出すでしょう。
楽観的になりすぎてはいけませんが、不安になりすぎても進めなくなってしまいます。
血液検査の心配から開放されて、ご愛犬ご愛猫との暮らしを心から楽しむためには、問題は先送りにしないほうが良いかもしれません。