はじめに
糖質制限、脂質制限。どちらもペットの食事改善として、よく耳にする方法です。糖質を減らせば体重が落ち着く、脂質を減らせば胃腸への負担が軽くなる。そう聞けば、試してみたくなるのも当然でしょう。
実際、短期的には結果が出ることも少なくありません。だからこそ、多くの飼い主さんがこの方法を選んでいます。
ただし、一つ確認しておきたいことがあります。その制限を長く続けていて、体調は本当に良くなっているでしょうか。むしろ、以前とは違う不調を感じてはいないでしょうか。
ネット上の健康情報は、すべてが正しいとは限りません。偏っていたり、良い面だけを誇張して伝えていたりすることもあります。だからこそ、良い面と悪い面の両方から見ていくことを、ここでは大切にしたいと思います。
糖質制限の限界
糖質制限は、多くの場合「炭水化物制限」へと拡大しやすい。糖質だけを狙って削るのは実際には難しく、結果として炭水化物全体を減らす食事に寄っていくためである。
この炭水化物には、食物繊維も含まれている。食物繊維は腸内細菌叢のエサとなる存在であり、これが不足すると、腸内細菌叢のバランスは崩れやすくなる。腸内環境の乱れは、消化吸収だけでなく、免疫や皮膚の状態にまで影響を及ぼすことが知られている。
つまり、糖質制限が目指した「体への負担軽減」とは裏腹に、別の経路から体調を崩す土台を作ってしまうことがある。
脂質制限の限界
脂質制限にも、同様に見落とされがちなリスクがある。
一つは、脂溶性ビタミン(A・D・E・K)の吸収不足である。これらのビタミンは、脂質と一緒に摂取することで初めて吸収効率が上がる。脂質を大きく減らせば、たとえビタミン自体は摂取していても、体に取り込まれる量は下がってしまう。脂溶性ビタミン不足についてはあまり語られないものの、さまざまな病気の背景となりえる。
もう一つは、胆のうの収縮不全である。胆のうは、脂質を摂取した際に収縮し、胆汁を分泌して消化を助ける。脂質の少ない食事が続くと、胆のうを収縮させる機会そのものが減り、胆汁がうっ滞しやすくなる。これが長期化すると、胆泥や胆管炎といったトラブルの引き金になり得る。
両者が合流する先
糖質制限にせよ脂質制限にせよ、どちらか一方を大きく削れば、相対的にタンパク質の割合が増える。意識しているかどうかに関わりなく、食事の構成としてはタンパク過多に傾いていく。
タンパク質の摂り過ぎは、腸内で悪玉菌を増やす方向に働く。悪玉菌はタンパク質を分解する過程でアンモニアを産生する。通常であれば、このアンモニアは肝臓で無害な尿素へと変換され、体外へ排出される仕組みが備わっている。ただし、過剰なタンパク質の摂取が続けば、産生されるアンモニアの量そのものが増え、肝臓の処理能力にかかる負担も、それに応じて大きくなっていく。
糖質制限も脂質制限も、出発点も理由も違う。しかし行き着く先は、同じ「タンパク過多」という一点に収束していく。
もう一段深い機序

近年注目されている「脳腸相関」という考え方がある。腸内環境の変化が、自律神経系を介して脳や全身の状態にまで影響を及ぼすというものである。
腸内細菌叢の乱れやアンモニアの増加は、腸そのものだけの問題にとどまらない可能性がある。自律神経のバランスを崩す一因として、消化器以外の不調にまで関与しているのではないか。この視点まで含めると、糖質制限・脂質制限の影響範囲は、当初考えられているよりも広いと見ることができる。
まとめ
糖質制限も脂質制限も、それ自体を否定するつもりはありません。合っている子には合っていますし、体調が良いのであれば、それ以上のことを言うつもりはないのです。
そのうえで、一つだけ心に留めておいてほしいことがあります。糖質・脂質・タンパク質、三大栄養素のいずれであっても、極端に制限すること、あるいは過剰に摂ることには、リスクが伴います。「摂れば摂るほど良い」「限りなくゼロに近づけた方が良い」という考え方は、避けておいた方が良いでしょう。おそらく、誰にでも当てはまる「ぴったりの割合」というものは存在しません。その代わりにあるのは、「だいたいこのくらい」という、ある程度の幅を持った許容範囲です。
しかしもし、制限を続けていて調子が悪いのであれば、一度立ち止まって見直してみてほしいと思います。特に、若い頃は多少の負担にも耐えられていたとしても、シニアになってから、それが体の歪みとして表面化してくることは十分に考えられます。
もし判断に迷うことがあれば、私たちに相談してもらって構いません。
知識の偏りをなくす、事実や考察
野生の肉食獣は、実は「毎日」食べていない
肉食獣の代表格であるライオンを例に挙げる。ライオンは肉しか口にしないが、1日に何度も食事をとる動物ではない。狩りに失敗すれば空腹のまま寝ることもある。狩りの成功率はけして高くない。場合によっては次の食事まで1〜2週間ほど空くこともある。
高タンパクな食事を摂る動物であっても、実はその頻度は決して高くない。むしろ「空腹の期間」が定期的に存在すること自体が、野生の設計の一部であり、その基本的な仕組みは現代の犬猫にも引き継がれていると考えられる。
オートファジーという仕組み
空腹の時間が続くと、細胞内では「オートファジー」と呼ばれる仕組みが働き始める。これにより、古くなった細胞内の成分が分解され、アミノ酸として再び体の材料に組み込まれていく。捨てられてしまうタンパク質は、ごくわずかで済む。
このオートファジーは、多くの飼い主が抱きがちな「タンパク質は常に与え続けなければならない」という発想とは、むしろ逆の方向を示す仕組みだと言える。飢餓が当たり前だった時代、食べ物として得られるタンパク質は貴重だった。体は、大排気量の車のように与えられた分をそのまま消費する仕組みではなく、リサイクルシステムを備えたハイブリッドカーに近い設計を持っている。オートファジーは、その自然界のハイブリッドシステムを担う、生命の設計図の一部と言えるだろう。
逆に言えば、空腹の期間を作らず、食べ続ける生活は、このリサイクル機能をほとんど働かせないまま体を回し続けることになる。飽食の時代になってから生活習慣病が増えてきた背景を考えるとき、この「オートファジーが働く機会そのものが減っている」という視点は、切り離して考えるべきではないだろう。それほどまでに、これは体の基本的な仕組みなのである。
「食べなくては生きていけない」はその通りである。しかし「食べれば食べるほど健康になる」はオートファジーの仕組みを軽視した、飛躍しすぎの考え方と言える。腹八分目に医者いらずは、生物科学の視点からも整合する。
高タンパク食と、発がん・腎臓負担
タンパク質の過剰摂取は、腎臓の濾過機能に持続的な負荷をかけることが指摘されている。また、動物性タンパクの過剰摂取と一部のがんとの関連についても、研究が積み重ねられてきている。
これらはいずれも人を対象とした研究が中心である。ただし、犬や猫も同じ哺乳類であり、腎臓や消化器の生理機能には人と共通する部分が多い。だからこそ、人の研究結果を無関係なものとして切り離して考えることには、むしろ危うさがあると私たちは考えている。
筋肉の材料は、タンパク質だけではない
「筋肉を維持するには高タンパクが必要」というのは、一般的な理解である。しかし、ゴリラやパンダのように、草食を中心としながらも大きな筋量を維持している動物も存在する。
筋肉の合成には、タンパク質の量そのものよりも、腸内細菌による合成能力や、体全体の代謝効率といった要因が深く関わっていると考えられている。
猫の腎臓病について
日本のペット、とくに猫には腎臓病が多いことが知られている。この背景には様々な要因が考えられるが、一つの見方として、家猫の多くが野生の肉食獣のような「空腹の期間」をほとんど持たず、食事を与えられ続けていることも関係しているのではないだろうか。それがたまたまなのか、それとも体の設計の許容範囲を超え続けた結果なのか、そこはまだ分からない。
ただし、はっきりしていることもある。高タンパクな食事が腎臓のフィルター機能に負荷をかけることは、人においてすでに知られている。そして犬や猫の医療現場でも、腎臓病と診断された場合には、タンパク質を抑えた食事へと切り替えることが一般的に行われている。腎臓とタンパク質の関係は、決して人だけの話ではないのである。

