はじめに
「塩は体に悪いから、ゼロに近づけた方がいい」。そう考えている飼い主さんは、少なくありません。マグネシウムやカルシウムは結石になるから控えたい、リンやカリウムは腎臓に悪いから減らしたい。ミネラルという言葉には、なぜかそうした「敵」のイメージがつきまとっています。
ネット上の健康情報は、すべてが正しいとは限りません。一部だけを切り取って、リスクの面だけを強調していることもあります。塩やミネラルについても、良い面と悪い面の両方から、一度見直してみたいと思います。
塩分ゼロという考え方
まず、確認しておきたい事実があります。体内の血液には、もともと十分な塩分が含まれています。塩は、体にとって特別な添加物ではなく、体液そのものを構成する基本的な要素です。
塩分を極端に制限すると、体内のナトリウム濃度が下がり過ぎることがある。ナトリウムは、水分管理や代謝において中心的な役割を持つミネラルである。不足してくると、まずはだるさや食欲不振が現れ、やがて重度になれば、けいれんを起こすこともある。
塩は敵ではなく、どちらかと言えば味方である。もちろん、人でも動物でも摂り過ぎにはリスクがある。しかし現代は、「塩抜き=正義」という偏った思想が、かえって健康リスクを作り出しかねない状況になっている。
「高血圧の敵は塩」という話を耳にしたことがある人は多いだろう。ペットの場合、血圧を日常的にモニターすることは少ないが、心臓病と診断されると、すぐに塩分制限が指示されることがある。ここで誤解してはいけないのは、これが「摂り過ぎれば負担になる」という意味であって、ゼロにしろではない。
日頃の相談の中で、あまり水を飲まない犬や猫の話を聞いていると、塩分が不足しているのではないかと感じることがある。体には、塩によって浸透圧のバランスを保とうとする恒常性の仕組みが備わっている。塩分が不足した状態の体に、そのまま水だけを入れてしまうと、浸透圧のバランスはかえって保ちにくくなる。もしかすると、体が本能的に飲水を控えているのかもしれない。
マグネシウムとカルシウム、結石だけの問題ではない

マグネシウムやカルシウムは、結石(特にストルバイト結石)の原因になるとして、制限の対象にされやすいミネラルである。
しかし、この二つは骨や歯を構成する主要な成分であると同時に、神経伝達や筋肉の収縮にも欠かせない。マグネシウムが不足すれば、神経が過敏になったり、筋肉のけいれんや不整脈が起きやすくなる。カルシウムが不足すれば、骨密度の低下や、成長期であれば骨格の異常につながることもある。
結石のリスクだけを見て、これらのミネラルを一律に制限してしまえば、別の方向から体調を崩す土台を作ってしまいかねない。
リンとカリウム、腎臓との関係を正しく整理する
リンやカリウムは「腎臓に悪い」というイメージから、早めに制限しようとする飼い主さんも多い。しかし、ここには順序の誤解がある。
「リンを摂ると腎臓が壊れる」ではない。メインの流れはその逆で、腎機能がすでに低下した結果、リンを排泄しきれずに体内に溜まってしまう、いわゆる高リン血症が起きる。つまりリン制限は、すでに腎機能が落ちている場合に、その悪化を緩やかにするための対応であり、健康な腎臓に対する予防的な制限とは、本来別のものである。安易な食事制限は食事の多様性を損ない、本人の楽しみを削る。腎臓病の要因にストレスがあることも付け加えておく。
カリウムについても同様に注意が必要である。カリウムが不足すれば、筋力低下や不整脈が起きやすくなり、皮肉なことに、それがかえって腎臓への負担につながることもある。「腎臓のために制限する」つもりが、「腎臓に負担をかける」方向に働いてしまう可能性があるということだ。利尿剤にはカリウム排泄を促進するものがあり、合わさったときのリスクは跳ね上がる。
まとめ
塩もマグネシウムもカルシウムもリンもカリウムも、どれか一つを「敵」だと決めつけて、遠ざければいいというものではありません。それぞれが、体の基本的な機能を支える構成要素だからです。
大切なのは、極端に減らすことでも、無制限に与えることでもなく、「だいたいこのくらい」という許容範囲の中で付き合っていくことだと思います。
ここでは代表的なミネラルのみを取り上げましたが、実際には、とても管理しきれないほど多くの種類のミネラルが、体の健康を支えています。過度にミネラルを排除しようとすることは、体を歪ませてしまうことにつながりかねません。
もし病気の治療に時間がかかっているときは、一度「ミネラルは足りているだろうか」という視点で、食生活を点検してみる価値があります。
もし今の食事内容に不安を感じることがあれば、私たちに相談してもらって構いません。
根拠集
肉食獣は、血からも塩分を摂っている

肉食獣は、獲物の筋肉だけを食べているわけではない。血液にも塩分をはじめとしたミネラルが豊富に含まれており、肉食獣はそれを飲むことで、日々の塩分・ミネラル補給の一部を担っている。
一方、現代の犬や猫に与えられる肉は、多くの場合、筋肉の部位に限られている。血を口にする機会は、野生の食生活と比べてほとんどない。同じ「肉食」であっても、実際に摂れている栄養の中身は、野生の設計とは既にズレている可能性がある。
草食動物は、塩を求めて移動する
草食動物にとって、塩は自ら作り出せない、外部から摂取するしかない存在である。草食動物が塩を求めて長距離を移動する行動は、世界各地で見られる。自然界に存在する塩分の濃い土壌や水場(塩だまり)は、多くの動物を引き寄せ、そこに豊かな生態系を育む一因にもなっている。
塩を「摂り過ぎに注意すべきもの」としてだけ捉えるのは、こうした生態系全体における塩の役割から見ると、一面的な見方だと言える。
魚が持つ、海洋性ミネラルという強み
魚には、海水に由来するミネラルがある程度含まれている。陸上の肉だけに偏った食事では摂りにくい種類のミネラルを、魚を取り入れることで補える面がある。肉か魚かという選択は、よく脂質の差で語られるが、摂れるミネラルの種類や質の差にも着目してみてほしい。
点滴の塩分濃度が教えてくれること
動物病院で使われる一般的な点滴には、100mlあたり0.9%の塩分が含まれている。これは決して危険な濃度ではなく、体にとってちょうど良い濃度として設定されているものである。塩分が不足している子であれば、この点滴によってたちどころに元気を取り戻すこともある。もちろん、健康な子に対して行っても、ほぼ害はない。
興味深いことに、この0.9%という濃度は、美味しいと感じる味噌汁の塩分濃度とほぼ同程度である。体が「ちょうど良い」と感じる塩加減は、案外こうした身近な感覚とも一致している。
塩分を口から摂ることも、常に水とセットで考えてほしい。明確な基準値のない塩分摂取量ではあるが、仮に少し多めに摂ったとしても、十分な飲水量が確保されていれば、過剰な塩分は容易に尿として排泄される。塩だけを切り離して恐れるのではなく、水分とのバランスの中で捉えることが大切である。
フードの塩分と、手作り食の落とし穴
基本的に、市販されているフードにはすべて塩分が含まれている。総合栄養食としての基準を満たすために、塩分は欠かせない要素になっているためである。したがって、フードを主食としている限り、塩分が不足する可能性は低い。なお、その具体的な含有量はメーカーやフードによってまちまちで、目安となる基準量ははっきりしないのが実情である。
ただし、そこに肉や野菜のトッピングを加えていくと、食事全体としての塩分濃度は、その分だけ薄まっていく。トッピングの量が増えるほど、フード由来の塩分だけでは補いきれなくなっていく可能性がある。
また、手作り食では、塩分を限りなくゼロに近づけることも可能である。実際、そうした極端な例を複数聞いてきた。フードというベースがない分、手作り食は適度な塩分添加を意識的に行わない限り、不足の方向に振れやすい食事形態だと言える。

